誕生日の話

 神田が時計を見たとき、大体予想どおりの時刻を指していた。ランク戦に出るか、防衛任務に就くか、訓練をするかというパターン化した生活をしていると自然と身体が時間を覚えるのだ。今ボーダーを出ると、家に着く頃には母親が夕食を作り終えていることが多いのでちょうどいい。
 机の上に広げていた端末や筆記具を片づけていると、向かいの席の外岡が顔を上げた。
「そういや神田さん、なんか欲しいもんあるっスか?」
 あまりに突拍子もない話題だったので、神田は返事をするタイミングを逃してしまった。というより外岡の意図を汲み取ることができず言葉が出なかったと表現するほうが正しい。
「ええと、誕生日プレゼントです。あんま高いものはダメ」
 意思疎通できていないことに気づいた外岡は早々と補足したが、それにより神田はより混乱した。一週間ほど前この作戦室で誕生会を開いてもらったばかりなのにこいつは何を言っているのだ、と。弓場隊からも、外岡個人からもプレゼントはしっかり受け取っている。
「……つい最近みんなに祝ってもらったばっかりだぞ、急に何だ」
 感情をそのまま乗せた神田の声は低かった。訝しがられていることを特に気にしていない外岡は、ひらひらと手を横に振る。いつものように気の抜けた様子からは神田を傷つけようとする意図を感じない代わりに喜ばせようといったふうでもない。要するに何を考えているのか分からない。
「いやいや来年の話。来年の今頃は神田さん九州にいるから直接渡せないじゃないスか。おれはわざわざ誕生日指定でプレゼント贈るようなキャラじゃないし、先払いするのもいいかなって、今思いついたんスけど」
 一応外岡の本心を知って納得した。効率のいい考え方だ。すぐ先のことならそれも悪くないが、一年も未来に必要な品物を今考えるのはなかなか難しい。
「あのな、そんな先のこと思いつくわけないだろ」
「はは、そりゃそうっスね。欲しいもんが分かるなら四年分でも先に渡すのに」
 ふわふわと軽く笑いながら不穏な言葉を並べる。一年でも随分遠いのに、四年もまとめようとするなんて、その間一切会わないつもりかと問い質したくなる。時短のために実家を出た男なので、彼にとってはその選択が最善なのだろう。しかし、神田の感性では律儀なのか面倒くさがりなのか判断しかねる。
 机上を整理し終えた神田が立ち上がる。外岡の席を通り過ぎようとしたときに砂色の頭に手を置いた。トリオン体でも細かく柔らかい髪質に指を絡めて楽しむ。
 座ったままの外岡と目が合った。邪気のない瞳が神田を映している。
「なら毎年誕生日を最初に祝ってくれよ。電話待ってるからさ」
「毎年……? 先のこと思いつかないって言ったじゃないスか」
「五年後でも十年後でもおまえのことは欲しいの」
 気取りすぎたと自覚したときは喋り終えていた。照れ隠しに外岡の頭ごと髪の毛をぐしゃぐしゃに乱してごまかす。
 孤独を愛する外岡、その日最初の時間を独り占めできる贅沢は物欲で満たせないという確信があった。できれば神田から願い出るより外岡が自主的に行動してくれたほうが嬉しいが、恋人であっても他人なので自分の要望はきちんと伝えなければならない。外岡は他人に踏み込まないタイプなのでなおのこと。
「神田さん、絶対課題とかバイトで忙しいっスよ。プレゼントしたいのに逆に迷惑になるっていうか、おれなんかのために時間取ってもらうなんて申し訳な、いてっ!」
 肉は薄いが柔らかく伸びる外岡の頬をつまみ上げる。痛みなど感じないはずなのに大袈裟に身振り手振りして神田に抗議する。
 早速神田の予想が的中してしまった。親しき仲にも礼儀を重んじるあまりかえって他人行儀に見える。そんな思いやりなど必要ないのに。
 線の細い肩を抱く。生身ではトリオン体に絶対敵わないのだが、腕に伝わる感覚は頼りない少年の身体そのものだ。
「待ってるから」
 耳元で神田が囁くと外岡がかっと赤くなった。
「……神田さんがしていいっていうなら電話します。誕生日でも、そうでなくても」
 神田の手に外岡が自分のそれを重ねた。生身の感覚を正確に再現する偽物の身体。その皮膚が汗ばんでいるように感じたのは神田の思い込みだったのかどうかは分からない。

初稿
2022年9月1日
改稿
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