【R18】気分転換

 隠岐が部屋に戻ると、ワークデスクに向かう水上がいた。猫背気味の姿勢も、眉間に刻まれた深い皺も、ここを出るとき見たものと同じだ。洗面所と部屋を仕切る扉を閉めながら、隠岐は水上に近づいた。
「まだやっとんですか? いっぺん休憩したらええのに」
「切りのええとこまでやりたいと思うんやけどなぁ」
 はあと大きな溜め息が聞こえた。捉えどころがなく漫然としている水上にいつもの余裕はない。彼を苦しめている元凶は机の上に置いてある情報端末だった。
 画面に映っている入力欄は余白が目立っている。どんな難題をふっかけられたのかは知らない。水上が苦戦するような内容なら、隠岐に分かるはずないと最初から理解することを放棄していたからだ。考えるのは水上、自分には別の役割がある。例えば。
 隠岐が水上の横に立っていると、彼がこちらに倒れかかってきた。体幹で彼の頭を受け止めてやると、隠岐がぐらつかない程度に体重をかけてきた。
「ぬくい」
 水上の声が腹部によく響く。
「そりゃあ風呂上がりですからね」
 ボリュームのある特徴的な髪の毛に手櫛を通してやる。うなじを辿ってシャツの天巾に手を入れると、肌理の細かい皮膚の感触があった。性的な意図をもって背中を撫でると水上は肩を小さくびくつかせて顔を上げた。
「……おい」
 半眼になって隠岐を見上げる彼に生駒隊の司令塔としての威厳はない。いつもは場や人を支配する側だが、物理的な接触にはそれらしい反応を示すことに隠岐は安堵した。冷淡に見える彼も人の子なのだ。
 薄く広い水上の肩を抱いてベッドにいざなう。世辞にも広いとは言えないそこに長身の男が二人もつれ込む。ドライヤーをかけたもののまだ湿り気を帯びた隠岐の黒い髪の毛がシーツに散らばった。
「……どういう流れなん?」
「セックスして気分転換、とか? まあこういうんに理由はいらんでしょ」
「おまえがそう言うんやったら甘えさせてもらうけど」
 水上に腕を捉えられた隠岐はそのままベッドに押しつけられた。まるで犬のようにがぶりと唇に噛みつかれた。さっきまで飴でも舐めていたのかレモンの味がする。甘い匂いが乗った息も流れ込んできた。口内を好きに荒らし回られて、思わず水上の背中を抱いた。
 長い舌が隠岐の歯列を割って上顎をくすぐる。水上の手が隠岐のシャツの裾の中に入ってきた。脂肪も筋肉も薄い腹を辿って胸元に辿り着く。突起を指先で捏ねられて腰が震えた。
「……みずかみせんぱい、」
 ようやく口が離れたので喋ろうとすると、零れかけた唾液を舐め取られて言葉を遮られた。胸が高鳴り、全身が熱くなる。舌がもつれて発話できない。
 互いに薄着だったのでさっさと衣服を脱ぎ捨てて改めて素肌を触れ合わせる。隠岐の身体をいじり回していただけの水上もうっすらと汗をかいていた。
 顎、首筋、胸と水上の唇が下っていく。舌の付け根から湧き出る唾液を飲み込んだ隠岐の喉が鳴った。その音を聞いた水上が笑った。
 慈しむような目や緩んだ口元は褥に不似合いだ。何と表現したらいいのか分からないが日常では見ることができない水上の表情に視線を奪われる。
 水上の大きな手が隠岐の腰を掴んだ。互いの股間を擦り合わせると固い感触があり、その熱さに欲望をそそられた。
 上体を起こした水上が二本の陰茎をまとめて握った。滲んだ先走りを全体に広げて扱いていたが、自分の性感を外した刺激がまどろっこしい。隠岐は水上の手に自分のそれを重ねた。すっかり膨れ上がった性器は血管の凹凸まで鮮明に感じられて興奮の度合いが伝わってきた。かっと下腹部が熱くなる。
「……おまえ、一人でやるときもそうなん?」
 にやりと唇を歪める水上の考えを読み取ることができなかった。互いの陰茎を愛撫していた右手、その反対の暇を持て余していた左手は自分の胸を慰めていた。顔面にぼっと火がついた。
「誰かさんが開発してくれたおかげですわ。はよ来てください」
 憎まれ口を叩くのが精一杯だった。水上の腰に自分の足を引っかけると、接した部分から振動が伝わるほど彼が笑った。
「はいはい」
 ヘッドボードから一枚のスキンを取り出した。繊細な中身を傷つけないように寄せて切り口に手をかけると、ぴりっと小さな音が部屋に響いた。慣れた手つきで支度を済ませる光景を眺めていると身体の底が疼いた。
 水上の手が隠岐の秘部に触れた。指先がその奥を探り充分に解れているか確かめていた。水上のものが窄まりに押し当てられて、隠岐の中に沈んでいく。仕込んだばかりの身体はあっさりと水上を受け入れた。
 水上も刺激が欲しいだろうに、隠岐が馴染むまでじっとしていた。随分真摯なことだ。両足を開き全てを晒している隠岐に纏わりつくような視線を投げかけているのはともかくとして。
 隠岐の体内を押し広げていくものとは別の違和感に眉根が寄った。
「まだ笑うとる。中まで響いとるんですけど」
「おまえの反応が面白うてな」
「失礼ですね」
「ほなエロいって言い換えるわ」
「全然違う意味ですけど……」
 水上が隠岐のほうへと上半身を傾けた。すっかり勃起した隠岐のものが二人の腹筋に揉まれる。愛撫とも言えない刺激を性器に受けてもどかしくなる。こんなものを忘れられるくらい激しく抱いてほしい。
「エロいん好きですか?」
「そりゃ決まっとるやろ。おまえやったらなおさら」
 嬉しさよりも違和感が勝った。平時では考えられないような甘い言葉を囁かれ、ベッドをずり上がりそうになった。もっとも水上に拘束されているせいで身体は全く自由に動かない状態だったのだが。
 繋がりが馴染んだのを確認して水上が隠岐を揺すった。腹を満たす圧迫感が快楽に塗り替えられる。水上の上反りが急所を掠め、隠岐の背中は弓なりになった。強すぎる性感に耐えきれず瞼を閉じると、眦に涙が浮かんだ。
「おれも今の先輩のこと好きですけど……」
「今の?」
「……っ……」
 そのまま頬を伝うはずだった涙は水上に舐め取られた。
 長身相応の力で抱きしめられる。暑苦しいし重かったがこのシチュエーションも興奮に変換できた。
 耳元ではぁはぁと荒い息が聞こえた。
 さっきまでの陰鬱な彼の姿はもうない。いつものらりくらりとした彼の激情を垣間見られるセックスが好きだ。脳の処理能力に差がありすぎて同じ人間だと思えないことがあっても、身体を繋げるとただの男だと分かるところも。
 結合部から聞こえる水音が激しくなる。溶けた理性が下半身まで押し流される錯覚に陥った。腹の奥から生まれる衝撃が骨を伝って四肢の末端まで広がる。まるで漣のように。
「せんぱい、」
 縋りつくように名を呼んだ。この火照った身体をどうにかできるただ一人の男に抱きつくしかできなかった。

初稿
2022年9月7日
改稿
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