【R18】月見

 カーテンの隙間から入り込んでくる月明りが部屋における唯一の光源だった。あまりにまばゆかったので理由を考えたところ、今夜は満月だということを思い出した。
 暑さも和らいでエアコンも必要なくなったから、窓を開けて月見するのも悪くないだろう。もっとも今、水上は身体を動かせない状況にあるが。
 水上の腰にかかる体重が増す。何滴か水がぽたぽたと顔面に落ちてくる。自分に覆いかぶさっている生駒に手を伸ばして頬を撫でた。そのまま彼の背中に腕を回して自分のほうへと引き寄せた。二人の上半身がぴたりと密着する。
 力強く口づけられ、彼の背中を抱く手に力が入った。太い骨に筋肉が巻きついた身体は水上より厚みがある。がっしりしているがまだ成長の余地を感じさせる若い肉体。
 水上の中に埋まっている生駒がびくびくと痙攣した。限界まで膨張した上反りに急所を攻められて、水上の背中が粟立った。
「……イコさんっ、……」
 助けを求めるような声が出た。腹の中をかき混ぜられる多少の違和感といっぱいの快感に心身が支配されていた。行為に不慣れであるがゆえに発散の仕方が分からない。苦しみに似た悦楽から解放されるためには、生駒にすがりつくことしかできなかった。
 生駒が動きを止めてぶるりと身体を震わせた。それとほぼ同時に水上も達した。ふっと全身が脱力して、生駒に絡みついていた腕がベッドに落ちた。
 水上の脇に手をついた生駒が身体を起こした。最初はまごついていたのに、今は手際よくスキンの後始末をしている。ウェットティッシュで手を清めてから水上の横に寝転んだ。
「ほんまはもっとおまえの中におりたいねんけど、ゴムつけとるからなあ」
 肉厚の掌が水上の頬を撫でた。まるで欠けやひびがないのを確認するように生駒は丁寧に水上の輪郭をなぞっている。仕草だけを見ると恋人同士の甘ったるい戯れだ。無表情でありながら眼光が鋭い彼や、自分の容姿のことを想像すると違和感しかないが。
 行為が終わればあとは冷めていくだけだというのに、身体を巡る血の勢いは激しく、全身の毛穴から汗が噴き出している。生駒の身体も水上に負けず劣らず熱かったが、触れあいに不快感はなかった。
「ほないっぺんナマでやってみますか。新品なんで病気は持っとらんはずです」
「そんなこと言いなや。自分を大事にせえ」
「冗談です。イコさんはそんなことせんって分かっとるし、あんた以外にさせようとも思わんし」
 生駒に額を弾かれ、そこがじんと痺れた。いた、という間抜けな声を聞いた生駒が笑った。
「汗かいたでしょ。風呂先に入ってください」
「おまえのほうが疲れたやろ、先入れ」
「俺は……月でも見ながら身体冷まして待っとります。今夜は満月なんすよ」
 水上が掃き出し窓を指差す。行為の最中に窓を開けるなんてとんでもないが、全てが終わった今ならいいだろう。空気の入れ換えもしたい。そう思うと早く夜風に当たりたくなってきた。
 生駒は何かを思い出したように頷いた。十五夜か、と少し掠れた声が聞こえた。
「はい。まぁ、ススキも団子もなんもあらへんけど」
「どうせなら一緒に見ようや。ならさっさと風呂入るわ」
 生駒がさっとベッドから起き上がった。思い立った彼は動作に迷いがない。
「イコさん、月好きなんですか」
「いや別に。やけど、せっかく綺麗なんやったら一緒に見たいやろ」
 生駒に腕を掴まれた水上も起き上がった。上背があるぶん水上のほうが座高は高い。
「さっき『おまえの中におりたい』言うたやん。やったら終わり、でさっさと離れてまうんは寂しいやろ」
「あんた……可愛いとこありますね」
「ほな、行ってくる。おまえもすぐ入れよ」
 水上の頭をわしゃわしゃと撫でて、生駒は浴室へと向かった。水上はそんな生駒の背中を眺めていた。照れも気取りもせず堂々言い放つ彼を見て何故かこちらの頬が熱くなるのを感じながら。

初稿
2022年9月11日
改稿
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