残暑

 任務を終えた帰宅途中、生駒がふと足を止めた。彼の爪先が向いているのは青果店だった。
「なあ、ちょっと寄ってええ?」
「はい」
 洗練されているとは言いがたい所帯じみた雰囲気が漂う店先には、所狭しと野菜や果物が並んでいる。ダンボールの切れ端を用いたポップには見慣れない品種が書かれていた。いつもは最寄りのコンビニやスーパーで買い物を済ませている水上にとっては珍しいものばかりが目に入る。
「なんか気になるもんありました?」
「デザートも作れるようになりたいんやけど」
 そう言って生駒は大きな白い桃を指差す。札には白皇と書かれていた。どうやらこの土地の名産品らしい。
「それ、食べたことあるんすか」
「めちゃ甘くてうまい! 酸味がなあて食べやすかったわ。おっ、瀬戸内白桃もあるやん。これはレアやな」
 生駒が別のかごにあった桃を手に取った。白皇とは別の品種らしいが青果の知識がない水上にとっては見分けがつかなかった。今まで桃といえば赤く色づいたものをよく見てきたから乳白色は珍しい、くらいしか思うことがない。
「これはしっかり固くてうまい! 柔らかあなってから食うんもええけど、早めに砂糖で煮るんもええな」
「イコさん詳しいなあ。俺は多分食ったことないすね」
「せっかく三門に来たんやからその土地のもんを楽しみたいと思うやろ」
 こういうときに生駒の人柄を感じる。冷淡そうな外見に反して好奇心旺盛で感激家なのだ。もっとも、その感情が顔に出ることは滅多にないのだが。
「俺はあんまこだわりないんで」
 実家住まいだった頃は家族に家事を任せきりだった。一人暮らしを始めてからは料理するようになったが、出来合いで済ませることも多い。
 品物を選んでいたはずの生駒の目が水上に向いた。睨みつけるというのは言い過ぎだが、他人からはそう受け止められかねない鋭い目力だった。意志の強い瞳はそのままで、口元だけをほんの少しだけ緩めた。親しい人にだけに分かる表情の変化だ。
「おまえが知らんで俺が知っとるって珍しいな」
「そりゃ俺なんて知らんことのほうが全然多いし、特にイコさんは料理が得意やし」
「ほな、これ買うわ。熟れるのにちょっと時間かかるけどうちに来たとき食おうや」
「ありがとうございます」
「果物だったら食えるか? 夏も終わったのに食欲が戻らんの見たら心配になるやろ」
 強面のままでじゃれるように水上の脇腹を小突いた。
 そして、ここに至ってやっと生駒の意図に気づいた。酷暑で食が細くなっていた水上を生駒なりに思っての行動だったのだ。別に甘いものや果物が好きなわけではないのだが、食べやすさを考えてのことなのだろう。
「おまえに食わせるためやったら料理のレパートリー増やせる気がするわ」
「期待しとります」
 手際よく諸々を選んでいく生駒の横顔はいつもどおり感情が薄い。しかし、その気持ちを知っているがゆえか、少なくとも水上には優しく見えた。

初稿
2022年9月25日
改稿
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