【R18】獣のような

 耳元で睦言を囁かれる。酸欠で処理能力が落ちた頭に神田の声が届く。
 太い腕がゆっくりと外岡の肩に触れた。背中に張りついていたシーツが剥がれて一瞬ひんやりした。
 互いの肌はどこもかしこも湿っていて、髪はシャワーを浴びたように濡れていた。抱き合う身体は温かくしっとりと馴染み、このまま溶けてしまいそうだった。
 心を許した相手に身を委ねる快感はとうに知っているはずなのに、毎回新鮮な心地で神田を受け入れる。快楽にたゆたう身体は脱力して持ち主の言うことを聞かなくなっていたが、不安はなかった。
 厳つい手が見た目に反し軽く優しく外岡に触れ、額に張りついた前髪をかき上げる。
「大丈夫か?」
 神田の瞳の奥に激しい欲望が燃えているのが見えた。この巨躯をもってすれば外岡を壊すこともできるだろうが、神田は常に穏やかであろうと努めていた。
 大切にされている。気持ちいい。好きだ。外岡が彼に対して抱くこの感情に偽りはないのだが、しかし。
 出せるものはもう全て出し切って芯を失っている外岡と対照的に神田のものは未だ固さを維持していた。膨れ上がり、時折びくびくと痙攣する異物は外岡の腹の中で健在だ。
 神田の精力は尽きることがないようだった。外岡とて性欲は人並みにあり、体格も同輩に劣ることはない、ごく普通の男だ。神田と出会うまでそう思っていた。でも、彼は次元が違う。いつもは外岡を気遣って、一、二度で終わることが多いのだが、たまにこうしてたがが外れることがある。
 セックスをただ気持ちいいものとして享受していた外岡が、快楽も過ぎれば責め苦となると教えたのは神田本人だった。おそらく彼にそんな意図はなかったと思うが。
 丹念に拓かれた穴はもうすっかり神田のための器官になってしまったようだった。内壁が蠕動を繰り返し、その度に腹の奥がきゅうと疼く感覚。高みに打ち上げられる絶頂とは別に、重力がなくなって身体が浮き上がりそうな快感が常に支配していた。幾突きかに一度結合部から脳天に電流が走り全身が硬直する。不随意に息が詰まるのと弛緩するのの繰り返しだった。
 そんな恋人の異変に気づかないのか、神田は呑気に外岡の首筋に口づけていた。分厚い舌が薄い皮膚を舐め上げてから唇で吸う。そしてちくりと針で刺されたような小さな痛み。痕がつく心配をする余裕などとうに消え失せていた。
 一度達するだけでも消耗するのに、それが続くとなるともうどうしようもない。言葉を失ってしまい、はぁはぁと動物のように息を吐くのが限界で、もう指一本も動かせなかった。長時間開いたままの足は付け根が痺れて感覚がない。
「なぁ、もう一回……ダメ?」
 問いかける形を取っているが外岡に拒否権がないのは分かっていた。腕の中に閉じ込められていて逃げ出すこともできない。
 いつもは外岡を気遣ってすぐ身を引く神田が珍しい。外岡の顔に何度も唇を落とすのは宥めているつもりなのだろうか。
「トノ、かわいい」
「……、」
 そう言われると拒否する言葉を飲み込んでしまう。嫌われるのが怖いのではなく、神田に応えたいという気持ちがあるがゆえに。会える回数も時間も限られていて神田も我慢に我慢を重ねていると分かっているからだ。
「……いい、っスよ。でも、後で片付け、手伝ってくださいね」
 外岡が神田の首に腕を回して口づけてやると、大きな身体がびくりと震えた。
 そして神田はすぐに身体を起こして、大きな掌で外岡の膝裏を掬い上げた。足が持ち上げられて尻が浮き、若く柔軟性のある身体がしなる。すぐに膝が胸元にくっついた。
 神田の前に全てをさらけ出した。あられもない体勢になり、顔は火がついたように熱くなった。恐怖と期待に胸がかき乱され、神田から目を離すことができない。
 神田がゆっくりと腰を引いた。外岡の内壁が神田のものに引っ張り出されるような錯覚に陥った。
 途端に、どん、と上から叩きつけられるような衝撃が結合部に伝わった。一瞬で体温が上昇し、全身の毛穴が開いて汗が噴き出す。
 寄せては返す性感を逃すことができず、外岡は首を振って髪を乱した。視界がちかちかと明滅を繰り返す。
 神田の亀頭が隘路に侵入する。突くというより舐めるような丁寧さで、何度も角度を変え、外岡の固く閉じた部分を拓いていく。小さな綻びを見つけるようにゆっくりと、少しずつ。誰にも許したことはない最奥を神田はあっさりと抜いた。
 神田からぽたぽたと汗が滴り落ちて外岡の顔を濡らした。身体が熱くて、痛くて、気持ちよくて、もう終わりにしたくて、ずっと一緒にいたくて、矛盾した感覚が錯綜して脳がすり切れそうだった。
「トノ、すきだ……」
「っ、……」
 もう枯れ果てたと思っていた外岡の性器がびくりと動いた。腫れ上がった亀頭から一筋粘液が漏れた。


 ずっと横たわっているのに貧血を起こしたときのようなくらりとした感覚があった。天井の照明が揺らめいて見える。そんな外岡を神田が上からひょいと覗き込んだ。
「動けるか?」
「……無理っス」
 流石にやり過ぎたと頭を下げる神田は、飼い主に叱られた犬のように小さくなっていた。
 罪滅ぼしのためか外岡が目覚めてからずっと世話を焼いている。ミネラルウォーターを用意し、身体を清めるための濡らしたタオルを持ってきて、タオルケットの替えも出した。
 外岡は一歩も動く気になれなかったが神田はかえって力が満ちているようだった。鬱屈が晴れたようにも見える。
「悪かった」
「別におれがいいって言ったんだから気にしないでください」
 精一杯の力を振り絞って外岡は神田へ手を伸ばした。神田は外岡のされるまま頭を撫でられていた。犬の倒れた耳が見えるようようだ。
 神田を犬のようだと思ったことは何度もある。まず屈強な外見、弓場に対しての誠実な態度、人懐っこい性格。それとたまにこうして抑えが利かなくなるところ。
 好意を伝えられれば何でも許してしまえるほど外岡はお人好しではない。しかし、理知的な彼が乱れるところを見られるのなら、たまには悪くない思うのだ。神田に望むものがあるなら何でも捧げてもいいとすら思っている。今夜もそうだった。
 朝まで一緒にいてほしいとわがままを言ったら彼は応じてくれるだろうか。

初稿
2022年7月10日
改稿
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